

湿度と重力を調律する素材
ムートンは、古代から人々の暮らしに寄り添い、過酷な気候にも耐えうる”生きた布”として長く愛されてきました。
天然素材であるムートンは、寒い冬だけでなく夏にも活躍する、非常に高機能な生地としても知られています。
一つは放湿性の高さです。水分の吸収率が綿シーツは2-3%なのに比べて、ムートンは15%と驚異的な数値です。繊維の奥深くまで吸収するため、放湿性に優れ、湿度の高い日本の夏でも表面はさらっとしています。
ムートンは空気の機嫌をとるのがうまい。梅雨の空気まで遠慮がちになります。

体圧分散
もう一つは、優れた体圧分散力です。
ムートンの繊維はコイル状のスプリングのようにねじれ、どんな身体をも受け止めるように体圧を分散し、優しさに包まれる世界を実現します。
毛の本数は1㎠あたり3000本以上と非常に高密度であるため、床ずれを防ぐ医療用シーツやインソールとしても重宝されるほどです。
それは「世界と自分のあいだ」をやさしく調整するインターフェースです。
ムートンの上では、重力が今日だけ自分の味方をしてくれているようです。

Mouton Factory
ムートンの高機能性を実現する工程を知るべく、都内から車で3時間ほど、千曲川を渡り、長野のムートン工場を訪れました。
長野県は祖父母が暮らしていた地でもあり、壮大な山々に迎えられるような懐かしい感覚で向かう場所です。
Ei Nakamuraで使用しているムートンは、日本ムートン株式会社の、原皮から加工を施す希少な国内生地です。毛並みや厚みの個体差を見極め、職人が丁寧に仕上げていきます。確かに工場で加工されていますが、単に機械が動く場所ではなく、人が繊維の表情を見つめ、手で調整します。

長野県上田市とものづくり
工場を意味するfactoryは、ラテン語のfacere=作るという語と、ory=場所の意味、つまり「つくる場」に由来するとされています。
長野県上田市は、養蚕も行われる土地で、日本三大紬の一つである上田紬の産地としても知られています。絹とムートンとは全く別物ですが、美しい生地を「つくる場」の風土が根付いているように感じました。
「糸」「織物」「触感」への感性が文化的に高く、乾いた空気がなびく寒冷地です。毛並みを手で確かめながら、皮をなめす場所として適しています。
自然文化の豊かな寒冷地で、高度な技術と人の手によって仕上がったムートンは、上品な光沢としっとりとした手触りをもち、触れるたびに柔らかい記憶が呼び醒まされます。